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2016年5月14日 | カテゴリ:ブログ

黙する

GWはみなさん、どのようにすごされたのでしょう。

前半、どこへ行くこともなく家で、後半は、修学院の奥にある関西セミナーハウスへ行っておりました。

 

2泊3日 瞑想三昧で、ベジタブル食を味わってきました。

 

食事をするとき、夕食後の瞑想の後は、基本的には黙する・・

すなわち、言葉を発しないのです。

 

私は、言葉で表現することは苦手なため、

この話しをしない、黙するということは、心地が良いのです。

ただ、これはお互いがそのような流の中に身を置いているからで、

参加している人たちが、お互いに理解をして受け入れているからです。

 

話すことが好きな人の中にいたり、誰もが話しをしているところで、

話をしないこと、沈黙することは、なかなか受け入れて貰えないですね。

ただ、話すことが好きな人がいるように、

黙することが好きな人もいることを、知って貰えると嬉しいのですが(^^)

 

人は、言葉によって左右されていると思っているかもしれませんが、

言葉を発しない状況になると、

結構、表情をみたり、行動をみたり、音を聞いたりして、

会話をしようと・・・無意識にしているように感じたのです。

 

これって、覗いてみると、結構楽しいものです。興味深いです。

音・・一つとっても、その人によって、出し方が全然違ってきます。

日ごろ・・自分が出す音を意識されたことがありますか?

 

ドアの締めかた・・食器の置きかた、取りかた、蓋のしめかた

どうでしょうか?

 

私は以前、物事はきちんと確認をして、

完全にできるように・・・という意識から、

無意識に音が大きくなっていました。

 

パソコンのキーボードをたたく音。

ちゃんと叩く必要がある、車のドアもきちんと閉めるために力強くしめてました。

 

その音に対して、

大きすぎる・・・という言葉をいただき、

それからは柔らかくするようにしています。

 

しばらくは、なれませんでした。

叩けてないような気がするのです。

画面に字が現れているにも関わらず・・・

いわゆるクセになっていたのですね。

 

日常の何気ない動作に意識を向けてみて下さい。

食事中にテレビを見たり・・

トイレの中で携帯を見たり・・

家族や友人と食事に行っているのに、携帯ばかりを見ている・・

 

残念なことのように思います。

 

食事に意識を向けず、食することを当たり前だと思ってしまいますが、

これは、当たり前ではなく、感謝することだと思います。

 

トイレでは、排泄に意識をして、

身体が通常の働きをしてくれていることに、感謝することだと思います。

 

家族や友人と共に作られた時間、

一緒に過ごしてくれる家族や友人に、

もっと沢山の事がありますが、それらに感謝することだと思います。

 

私達の日常の中には、あふれるばかりの感謝があります。

 

私もここに気づくことに、そして表現できることに、時間を要しました。

けれど、実は無意識で私達はそのことを知っているのです。

ですので、あまりに無関心に、無視しすぎることによって、

メッセージとして、私達に現れてくるのだと思います。

 

意識をすれば、気づきがあります。

気づきがあれば、変化が訪れます。

 

 

 

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